酔った勢いで美術を目指す子の進路を考えてみる
と、言い訳をして、2ヶ月前の増田から話を膨らませてみます。
超意訳すると、「才能の無い高校生が美大や芸大目指しても、その先の展望の希望もないから、なんとかあきらめさせている」ということですが、全く同意です。
才能がないことを自覚せずに志望している事自体、自分を相対化したり客観視できていないということですし、今のご時世、作家活動だけで食って行くなんて、どう考えたって夢ですから。
明文化されていませんが、それなりにスキルや能力を要する世界(多分)なので、そこを理解せずに、漠然とした想いだけで足を踏み入れてしまうのは無謀なので、周りから見ている立場だったらやはり止めると思います。
が、おなじ美術の進路でも、デザインを目指していたら多少違ったりはします。
デザインするということは、必ずデザインする「何か」があり(広告だったり書籍だったりウェブだったり)、一人では完結しない作業です。
また、デザインという作業の大半は、その「何か」と「誰か」の間のコミュニケーションを仲立ちするものを考えたり設計したり形にする作業なので、自らの作家性を発揮するよりも、状況を把握した上で、そこに適したアウトプットを出すという、職人的なスキルを要求されます。
と、多少抽象的に書いてみましたが、要はクライアントとエンドユーザーが幸せになるモノを作れればよく、そこに個性や才能はほとんど必要ありません。
そして、その程度のスキルであれば、訓練すればなんとか身につけられて、あとは常識的に人とコミュニケーションを取れて仕事の程度を問わなければ、それなりの仕事に就けたりします。
高校生くらいからなら、頑張れば間に合うでしょう。
もちろん、求められる要求が高ければ、後天的なスキルに追加して、育った環境とか、デザインスキル以外の能力や、それこそ才能と呼ばれる何かが必要になるかもしれませんが、実際にはそういった仕事を求められる環境や職場はほとんどありません。
まあ、知識やノウハウがものを言ったりする場合は多少ありますが。
と言った訳で、ファインアートで作家を目指すのではなく、デザイナーとしての道を歩もうと思っている人は、想いだけで足を踏み入れても頑張れば何とかなるので、恐れずにその一歩を踏み出してください。
そして、僕らの負担を減らしてくれるともっと嬉しいです。なんかこう、仕事が減らないんだよなぁ...。
ただし、デザインという作業は、対価を非常に求めにくい作業なので、職人としてのプライドとモチベーションは常に高く保つ必要はあると思います。
と、多少青臭い話を書いて満足したので今日は寝ます。